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日刊ゲンダイ掲載原稿

(連載期間)2008年8月23日〜11月29日

貞操の危機

ウガンダ政府軍への入隊試験の様子

ウガンダ政府軍への入隊試験の様子(本文とは関係ありません)

私はアフリカで貞操の危機に直面したことがある。

ウガンダ北部で取材中、宿泊先のホテルで「Aboke Girls」という有名な本(注)の著者であるベルギー人女性作家と偶然夕食を共にする機会を得た。

(注)LRA(神の抵抗軍)が1996年に女子学校の寄宿舎を襲撃し139人の女子生徒を誘拐した事件を丹念に追ったルポルタージュ

ビール片手に執筆時の裏話を色々と聞かせてもらいつつ充実した時間を過ごしていたところ、翌日首都のカンパラに戻る彼女の若いアシスタントが「踊りに行きたい!話の続きはそこですればいいじゃない」と言いだし、そのまま3人でディスコに繰り出すことになってしまった。

古ぼけた薄暗い照明の下、大音量のレゲエに合わせて所狭しと踊る怪しい雰囲気の男と女。
以前からそのディスコは男女のアバンチュールが激しいと聞いたことがあったが、まさにその通り。盛り上がったカップルが次々と2階に併設された休憩所に消えていく――。

初めてそういう場所に足を踏み入れた私はその雰囲気に飲まれドキドキしながらも、割れた低音を吐き出すスピーカーに負けないよう声を張り上げて、懸命に作家に話しかけた。

しかし20分ほどすると、作家は体の芯まで響く騒音に嫌気がさしたらしく、フロアの真ん中でガタイのいい兄ちゃんと楽しそうに踊っている助手を指さし、「あの子をよろしくね」と言い残すとホテルに帰ってしまった。

「あっ、それなら私も……」と言いかけたものの、さすがに怪しい男どもがたむろする夜中のディスコに、女性一人を残して帰るわけにはいかない。
仕方なく、男性と向き合い激しく腰をくねらせながらリズムをとる助手の姿をビール片手に見ていた。

日本なら確実に警察沙汰になるであろうレベルの音量。
さらにスピーカーが悪いのか、時折脳みそをかき回されるようなハウリングもおきる。

30分ほどで私も頭が痛くなってきた。

(もうダメだ。帰ろう……)。
楽しそうに踊り続ける助手に声をかけようとイスから腰を上げ2歩ほど進んだ瞬間、暗がりの中から伸びてきた丸太のような手に二の腕を強く引っ張られ、バランスを崩した私はだれかの逞しい胸に飛び込んだ。

見上げると190センチを超える筋骨隆々とした軍服姿の男。

「あっ、ごめん」。
慌てて身を起こそうとする私。

しかし軍服は私の手を猛烈な力で引っ張り離さない。
そして、酒臭い息で「一緒に踊ろうよ」と耳元で囁くと、反対の手を私の腰に回しホールドすると、なぜか二階に続く階段に向かい歩き始めた。

「!!!!!!!!!!!!」。

もの凄い勢いで悪寒が背筋を走り抜け、全ての細胞から力を絞り出し振りほどこうとするも、圧倒的なパワー差の前に逃げられない。

(やばい、オレ終わったかも……)。
私は、ストレートとしての人生が終わることを覚悟した。

幸い、お持ち込みされる直前に「気分が悪いから」と何度も懇願し続け何とかトイレに逃げ込むことができ、便器と掃除道具を足場にして地上1.7メートルほどの所にあった小窓から脱出に成功した。(本当に本当に、一か八かの賭けだった……)

なんとか貞操は守れたものの、「腕力で絶対に勝てない恐怖」を生まれて初めて味わったある意味人生最大のピンチだった。

第8回「ラクダは楽じゃない」へ続く